経営

努力の方向

くろがね産業は3月から下半期に入りました。

くろがね産業では3ヵ月毎に全社員で集まって業績の報告、確認を行う「四半期業績報告会」を開催しています。

狭い事務所にギュウギュウに押し詰められた状態になりますが、皆真剣に発表し、共有し、議論します。

年次の数値計画、行動計画も全員で作成しているので、当然進捗の確認もしなければなりません。自分の日々の努力が会社の経営にどう結びついているのかが分からなければ、全員参加の経営とは言えません。

では、そもそも「経営」とは何なのか。

皆の努力がどう反映されているのかということを知るには、定量化が一番分かりやすいです。そういう意味では数字は正直です。

しかし、数字は数字でしかありません。その数字の背後に何があるのかを考えることが大切であり、「だから何が言えるのか」を明確にしていくことが「経営」です。

「目標数値に達していないけど、残業もたくさんしたし、一生懸命ヘトヘトになるまで働いたから、頑張ったでしょう!!」

ではダメなのです。確かに頑張ったかもしれませんが、それで結果が出ていなければそもそも努力の方向が違うのです。

そう、努力には方向があるのです。

だから、「正しい努力」をするためにも、都度振り返りながら「この努力の方向で大丈夫か?」ということを確認する必要があります。

皆の努力を見ているからこそ、頑張った部分を評価してあげたい氣持ちになりますが、やはり努力と結果が揃ってはじめて評価しなければなりません。そうでなければ、「間違った方向でもいいんだよ」という無言のメッセージを発していることになります。それは小善です。

大善を成すには厳しい目が必要ですし、勇氣も必要です。しかし、その根底には愛情を備えていることが大前提です。

厳しいことを言うのも結構しんどいものなんです。

仕事を通じて人生をハッピーにすること

今朝の朝礼風景。

くろがね産業では、「考え方」を大切にしています。

会社というのは勝手に成長しません。「箱」、「容れもの」でしかないわけですから、そこで働く人たちが何を思い、どう考え、行動するかによって会社の社風や成長が決まります。

特にわれわれは、経営の柱として「全員参加の経営」を謳っているのですから、社員一人ひとりが人として正しい立ち居振る舞いをし、愛と誠と調和の精神を発揮していく必要があります。

そのためにも、毎日朝礼で「フィロソフィ」といわれる、「人として正しい考え方」を確認しています。

一例を挙げれば、

「素直な心をもつ」

「仲間のために尽くす」

「利他の心を判断基準にする」

といったことです。

そして毎週末の朝礼では、グループに分かれてこの一週間のテーマについて各々思うことを発表、共有していきます。

人生のなかで、会社で働く時間はとても長いです。もしかしたら家族と過ごすよりも長いかもしれません。その人生の大半を占める仕事の第一義が、「給料という対価を得るためのもの」というのではつまらない。

仕事を通じて人生をハッピーにしていかなければなりません。

その仕事に従事するうえで、同じ会社で働く仲間は欠かせないものです。仕事は独りではできません。

だから、同じ会社で働く仲間がどういう価値観をもっていて、何を思い、人生をどのようなものにしていきたいのか、ということを知っておくことはとても大切です。

生まれ育った背景も違う人たちが、偶然にもくろがね産業という「箱」に集まって仕事をしている。しかしそれは目に見えない何かの「縁」によって導かれたものです。この「縁」を良縁としていかなければなりません。

大切な仲間だからこそ、お互いをより深く理解し、家族のような関係を築いていくことが必要なのです。

まさに

「切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如し」

という関係です。

会社の人には言えない、ではなく、会社の人だからこそ打ち明けられる、という関係が理想です。

言いたいことを言い合えて、お互いに相手のことを思って言っていると理解できている関係が理想です。

自分のために頑張るだけではなく、それぞれが自分以外の仲間のために頑張るという関係が理想です。

このようなことを通じて、人格が磨かれ、成長していくことで、今まで見えなかった世界が見えるようになったり、自分が必要とされているという実感を得られるようになったりします。

そうすれば、人生はより素晴らしいものになるのではないでしょうか。

それが、くろがね産業が経営のもう一つの柱としている「大家族主義で経営する」ということです。

われわれが朝礼で「フィロソフィ」を共有する理由は、この「全員参加で経営する」と「大家族主義で経営する」という経営の2本柱を実現するためにとても大切にしているからです。

そして、それは私たちが「仕事を通じて人生をハッピーにする」ということを叶えるためなのです。

会社の「看板」は何によってつくられるのか

2月14日はバレンタインデー。

私も女子社員の皆さまから本命チョコをいただきました。

いや、氣持ちちょっと小さいだけで、きっと本命チョコ・・・のはずです!

そんななか、お取引先さまよりチョコのプレゼントをご持参いただきました!

どーん!!ゴンチャロフ!!パッケージからして高級!

なんかチョコにラメ入ってる!!

 

そして、当日私が大阪出張から持参したお土産がこちら。

『忖度まんじゅう』

どーーーん!

「SNSで話題!」「お土産ランキング1位!」

みたいなことを書かれていたので買って帰ったのですが、社員の皆さんの反応はイマイチ・・・もう心はゴンチャロフに釘付けでした。

なんでしょう、このセンスの差。

デカデカと【忖度】と入った紙袋を恥ずかしくも提げて帰ってきた私の氣持ちは・・・忖度されませんでした(泣)

 

それはそうと、さりげなくチョコを持ってきて頂くこの氣遣い、心遣い。ステキです。

どんな仕事でもお客様がいなければ成り立ちません。そして私たちが目指すのは、お客様にくろがね産業のファンになっていただくことです。そのために、どのように付加価値を提供するかを真剣に考えています。

会社は「容れもの」でしかありません。そこで働く「人」の立ち居振る舞いこそが会社の社風をつくり、そこで働く「人」の成長が会社を成長させていきます。そして、会社の看板をブランドにしていきます。

ちょっとした氣遣いの積み重ねが、その会社の歴史を紡いでいくのだなあとしみじみ思いました。

私も会社の代表として、もっと氣の利いた立ち居振る舞いを心がけなければなりませんね。

万事徹底

くろがね産業の仕事初めは1月9日からでした。

・・・長い休みでした。

例年は5日からスタートするのですが、今年はまたすぐに3連休となるので休みにしましたが、気がつけば11連休。

普段がんばってくれている社員さんたちに、たまにはゆっくり休んで欲しいということもありましたが、ちょくちょく出てきては仕事をしてくれる人もいて、本当にありがたいことです。

仕事が好きでいてくれる社員さんたちに感謝する年末年始でした。

 

さて、くろがね産業は仕事初めは岡山縣護国神社で新年の祈祷をしてもらいます。商売繁盛、皆が健康で仕事が出来ること、目標を達成し充実感を得られること。そういうことを心に抱きながら祈祷していただきました。

くろがね産業 護国神社

ここに写真は載せませんが、社員一人一人が絵馬に今年の目標を書いて奉納しています。新年に改めて書いてみることで決意を新たにし、皆で個人の目標を共有することで助け合うことができます。

ちなみに私の抱負は「万事徹底」。

当たり前のことが徹底できることが差別化だと思っていますので、経営トップの私自身が徹底していくことを誓いました。

皆さま、くろがね産業を今年もよろしくお願い申し上げます。

望年会

くろがね産業は12月28日が仕事納め。

毎年最終日に望年会をやっています。

くろがね産業では忘年会ではなく「望年会」です。新年を迎えるにあたって希望を抱いて更なる飛躍を、という前向きな氣持ちで開催しています。

いつもお世話になっている「はまゆう」さんで、希少な日本酒の飲み放題というコースをいただきます。

特別に幻の酒といわれる「十四代」を4本も用意していただきました。本当にありがたいことです。しこたま飲みました(笑)。

望年会では、今年の反省と来年の抱負を各自発表してもらいました。

ウチの重鎮から「もっと変わらなければダメだ!」という厳しくも愛情のある言葉も出ましたが、みんな真摯に受けとめていました。まだまだ伸びシロがいっぱいある会社です。

「我、日に三度我が身を省みる」とは孔子の弟子の曾子の言葉ですが、反省ある毎日を送り、そこで得た氣付きを実践することが大切です。

私は事ある毎に「会社はただの容れ物、箱でしかない」と伝えていますが、勝手に会社が良くなったり大きくなったりすることはありません。そこで働く人の成長が会社の成長です。だから、今までと同じように仕事をしていてはいつまでたっても会社は良くならないのです。一日一歩でも前に出ていくことが大切なのです。

そういった真面目な話も交えながら、懇親を深めていくのがくろがね産業のスタイルです。私たちが目指す「大家族主義の経営」にこういった飲み会、コンパは欠かせません。

他の人がどのような価値観をもっていて、どのように仕事に向き合っているのか、どんな悩みを抱え、どうやって乗り越えようとしているのか。

そういうことは、なかなか普段の仕事の中では深く知ることができません。お酒の席で胸襟を開いて話をすることではじめて知ることもあるのです。

ともに働く人がどういう思いをもっているのかをお互いに理解することで「仲間」となり、「家族」となれればいいなと思っています。

もちろん望年会は今年1年間の慰労の意味もあり楽しく飲んでもらうことが基本ですから、有志で仕込んできたりもします。

こういうことができるのも「楽しませたい」という利他の心からですね(笑)。ありがたいことです。

今年も残すところ僅かですが、できることは最後まで精一杯やって、晴れ晴れとした氣持ちで新年を迎えたいと思います。

内助の功

内助の功 息子からの賞状

クリスマスに息子が賞状をくれました。

普段なかなか家でゆっくりする時間がない私ですが、それでもこのように「大好き」と言ってくれることに嬉しく思います。

旦那が家になかなか居ないとなると、妻は子どもにどう伝えるか。

「お父さん今日も帰ってこないのよ。何してるんだろうね、困るね~」と言うのか、

「お父さんが仕事頑張ってくれてるから今の私たちがあるのよ」と言うのか。

きっと、私が家に居ない間も、妻は後者の言葉を子どもに掛けてくれているからこういう賞状をいただけたのだろうなと思うと、妻にも感謝です。

 

くろがね産業のなかでも、営業職など外部に出ていく人、内勤の人、色々な職種があります。

「営業っていいよね、外でサボってても分からないし。」などの陰口ではなく、

「営業が頑張ってくれてるから私たちがある。ありがとう。」という、

感謝と信頼に基づいたサポート、言い換えれば「内助の功」が理想です。

そして営業は内勤の人たちのためにも1件でも多くの契約を獲得し、利益を出すことに全力を注ぐこと。

感謝には感謝で応える。

信頼には信頼で応える。

そういう関係が築ければいいな、と思いました。

大切なのはアウトプット

全員参加の経営と「アウトプット」

先日、環境事業部の営業担当が講師となり、主に物流課のメンバーを対象に産業廃棄物の法令や取り扱いに関する勉強会が開催されました。

彼は、公益財団法人日本産業廃棄物処理振興センターが主催する「産業廃棄物又は特別管理産業廃棄物処理業の許可申請に関する講習会」を受講してきたばかりです。

産廃業者が処理や収集運搬の許可を申請するためには、この講習会を修了(試験に合格しなければなりません)していなければなりませんが、ただ許可申請のためだけに受講するのは勿体ないので、学んだことを皆で共有しようということで実施しました。

インプットをしたらアウトプットが必要です。人に教えるには、改めて内容を理解し、かつ分かりやすいように言い回しを変えたり事例を加えたりしなければなりません。当人の理解度アップと、他の人の知識向上と、一石二鳥ですね。

しっかり資料もつくってくれました。日々の営業活動のなかで時間を見つけて作成したのでしょう。ありがたいことですね。

くろがね産業では、「全員参加で経営する」が経営の柱です。研修も本来であれば全社員に受講してもらいたい。しかしそれは現実的に難しいです。であれば、受講する人は「会社を代表して受講している」という意識を持ってもらって、会社に戻って学んだことを皆と共有してもらいたいと考えています。

毎回そうやっているわけではありませんが、なるべくそのようにして会社全体のこととして外部の講習を利用しています。

インプットだけでは成長しません。アウトプットがあってこそ人は成長するものだと思います。

くろがね産業が考える労使関係

月に一度の給料日。

給料日には、できれば現金で渡したいと思うのですが、実際のところは銀行振込になっています。

以前に会社のみんなに現金手渡しを提案したのですが、却下されてしまいました(笑)。

給料日は、いわゆる「ハレの日」です。

その日は会社からまっすぐに家に帰って(大金ですから寄り道しないはず)、家族に給料を手渡すことで、「今月もご苦労さまでした」という感謝の氣持ちを家族で共有できるのではないかと考えたのです。

会社としても、従業員の皆さんに手渡すときに、「今月もありがとう」という氣持ちを伝えることができます。

しかし、銀行振込のほうが便利ですからね。便利で安心なのですが、給与明細を渡されるだけでは何とも味気ないのです。

そこで、2012年より、毎月の給料明細の封筒の中に私が手書きで感謝のメッセージを封入しています。

(プライベートなことなので画像処理しております)

毎月続けて6年近くになります。

最初は、ご家族の方に見ていただきたいと思って書いておりました。

夫が、妻が、お父さんが、お母さんが、息子が、娘が、会社でどのように仕事に取り組んでいて、それを社長はどう見ているのか、ということを知ってもらいたいという氣持ちです。

しかし、続けている中で、何よりも私自身が救われています。

仕事をしていると色々なことがあります。心が荒んでしまうことも当然あります。しかし、この毎月の感謝のメッセージを書くことで、私の心が感謝の氣持ちで満たされ、魂が浄化されているように思えるのです。

経営者と従業員は雇用者、被雇用者という関係ではなく、パートナーであるべきです。お互いに相手のことを思いやり、利他の心で接するべきです。経営者と従業員という労使の関係ではあっても、お互いになくてはならないパートナーなのです。

皆のおかげで会社があり、皆を幸せにしたいからこそ頑張ろうと思う、そういう氣持ちを毎月抱くことができているのも、この取り組みを始めたおかげです。

今はどんなに忙しくても必ずメッセージを書いて渡すようにしています。

 

産業廃棄物処理業の営業とは~CSRとCSV~

今回は産業廃棄物処理業の営業活動について書いてみます。

私も会社の代表をさせていただいているとはいえ、会社にとって一番大切な営業活動の現場についてはまだまだ現役なのです。

くろがね産業には

環境事業部・・・産業廃棄物の処理・収集運搬

弾性材事業部・・・ゴムのリサイクル、再生ゴムチップの製造販売

という2つの事業部があります。

そのうち、私は環境事業部長を兼任しています。

この仕事の営業について、醍醐味は

「様々な企業の現場に伺える」

ということでしょう。

大手化学工場、精密機器製造工場、医薬品製造工場、食品工場・・・産業廃棄物とは簡単に言えば「産業活動に伴って生じる廃棄物」ですから、あらゆる製造の現場に伺って、現場確認やサンプル採取などを行います。

先日は大手石油精製工場の中で仕事をさせていただきました。大きなプラントが所狭しと稼働しているのを見ると、近未来にタイムスリップしたような気持ちになります。

私たちの生活にとって欠かせないもの、あると便利なもの、というのは、こういった製造過程を経て手元に届いているのだな~という感慨を覚えます。

そして、もちろん産業廃棄物処分場にも伺います。

焼却処分場、中和施設、再資源化工場から最終処分場(埋立て)まで、それぞれ廃棄物によって処分・リサイクル工程が違うので、色々な処理工場の得意分野を把握してお客様に提案していきます。

産業廃棄物は不要なもの、できれば出さないほうがいいもの、であるのは確かです。そしてそこにコストがかかり、それを最小化したいと企業が考えるのも当然です。

しかし、生産活動のなかで廃棄物をゼロにするということは現実的ではありません。廃棄物を資源化していく、というほうが正しい言い方でしょうか。

いまや企業の責任として環境への取り組みは欠かせません。不法投棄や廃棄物の転売などの法令違反はもちろんNGですが、廃棄物を正しく処理したくても処分方法が分からない、処分先が見当たらない、資源化したいけどどうしていいのか分からない・・・といったことに時間と労力が注がれています。

私たちの仕事は、そういった現代社会の中で、静脈産業として社会インフラの一翼を担っているといえるでしょう。

しかし、私たちが一番考えなければならないことは、お客様が本来の企業活動に注ぐ時間を最大化し、しっかりと利益を生むことに専念していただくことです。そうすることで、日本の産業を活性化させて豊にしていく、世の中をより良くしていくお手伝いをすることです。

だからこそ、専門知識を持っていることはもちろんですが、何よりお客様の立場で俯瞰的に廃棄物処理を考えることが大切だと思います。廃棄物のコストという近視眼的なものではなく、価値を最大化するためにどこにコストを投入するのかということです。

ただ単に、言われるまま廃棄物の処理を請け負ってくるだけの営業ではお客様にとって本当のお役立ちではないかもしれません。

本質を掴んで、広い視野で提案していくことが営業担当者には必要ですね。

そういったことでお客様に貢献できることも、もうひとつの醍醐味です。

CSR(企業の社会的責任)も大切です。しかし、私たちはもっとお客様にとって価値のある存在でありたいと願います。

だから、私たちはお客様とともにCSV(共有価値の創造)の関係を築いていきたいと強く思うのです。

温故知新

月に1回、中国古典を学んでいます。

小学生の頃、横山光輝先生のマンガ『三国志』が大好きでした。

お小遣いをもらう度に書店に走り、全60巻揃えたものです。

そして何度も何度も読み返しては、英傑たちの物語に心を躍らせた記憶があります。

それ以降、『水滸伝』、『項羽と劉邦』、『チンギス・ハーン』、『史記』、『殷周伝説』と、横山光輝先生のマンガが自宅の書斎には並んでいます。

マンガから入ったのがよかったのでしょう。中国古典を読むうえでは、その人物像、歴史的背景、時代の変遷などを捉えておくほうが理解しやすいです。

だから、今は『キングダム』(原泰久著、集英社:週刊ヤングジャンプ連載中)なども中国古典の入り口としては最適だと思います。

 

さて、なぜ中国古典を学ぶのか、ということです。

4千年以上を誇る中国の王朝の歴史は、ひと言で言えば「勃興と滅亡の繰り返し」です。

そしてこの興亡の原理は現代においても通用するものです。

撥乱反正、創業垂統、継体守文、因循姑息、混乱破滅、という栄枯盛衰の流れの中で、何に気をつけなければならないかを教えてくれます。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

という言葉もあるように、歴史から原理原則を学ぶことが大切だと思います。

「それ学は通(つう)の為に非(あら)ざるなり。

窮して困(くる)しまず、憂えて意(こころ)衰えざるが為なり。

禍福終始を知って惑わざるが為なり」(荀子)

そして今は『論語』を勉強しています。

孔子の名言を深く掘り下げていくと、なるほどと感動します。

人物となるには、『論語』のなかの孔子の教えをしっかり咀嚼しなければならないと反省します。

「学びて思わざれば則ち罔(くら)く、思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し」

身が引き締まる思いです。

蟹が甲羅に似せて穴を掘るのと同様に、会社はトップの器以上に大きくならないといわれます。

自分の器をひろげるためにも、常に学び続けなければならないと思っています。

そして、それはノウハウ本などからの知識偏重の学びではなく、哲学を学ぶべきだとも思います。

中国古典からの学びは、私にとってその哲学を与えてくれる最良の師なのです。