考え方

何のための経済か ―コロナ禍の今だから考える

経済の大義名分

新型コロナウイルス(COVID-19)が
猛威を振るっております。

緊急事態宣言発令で
一度は落ち着き、
収束に向かうと思っておりましたが、
第二波が大都市ではない岡山にも
及んでいます。

 

感染症で亡くなられた方々に
おかれましては、
衷心よりお悔やみを申し上げます。

また、罹患して闘病されている方々、
経済的な打撃を受けている
企業及び個人の皆さま、
そして第一線で戦っていただいている
医療従事者の方々には
心からのエールを送らせて頂きます。

COVID-19と経済至上主義

2019年11月22日に
原因不明のウイルス性肺炎が
見つかって以来、
世界はあっという間に
変わってしまいました。

一説ではコウモリ由来のウイルスが
ある動物を中間宿主として広まった
と言われています。

これはあくまで私見ですが、
森林伐採等の環境破壊により、
本来は自然の奥深くを住処としていた
動物たちと人間の生活圏との距離が
縮まったこと大きな原因だと思います。

また、
一度は収束したかにみえたウイルスが、
あっという間に全世界に拡大したのは、

「経済を止めることはできない」

という経済至上主義
グローバル化
要因に挙げられるでしょう。

原因と結果

私は何事にも原因と結果があり、
因果応報というものを信じています。

もしも宇宙の意志があるとすれば、
または神様がいるとすれば、
これは

現代の経済至上主義への警鐘

なのかもしれません。

物理学では

「全宇宙のエネルギー総量は一定である」

という
エネルギー保存の法則があります。

人類社会が
急速に経済発展を進めてきた分、
その反動が起こったのかもしれません。

何のために

我々は今一度、

「誰のため、何のための経済か」

ということを考える段階に
来ているのかもしれませんね。

もちろん、進歩・発展は必要です。

しかし、それは
盲目的に為されるのではなく、

「何のために」

という大義名分
必要だと思います。

同時に、
「足るを知る」ことも
知らなければなりません。

周りを顧みない
貪欲さによる発展ではなく、
周囲との調和を保ちながら
進歩・発展していくことが
大切ですね。

本来の資本主義

では我々はどうすべきか。

それは私にも
明確なビジョンはありません。

しかし、
ドイツの社会学者
マックス・ウェーバーは、

そもそも
資本主義を発展させたのは
禁欲的なキリスト教
プロテスタントである

としています。

彼らは、快楽主義を排して
ひたむきに働き、
稼いだお金をすべて投資に回すことで
世の中を発展させてきた
と言われています。

いわば自分だけがよければいい
という利己主義ではなく、
世のため人のために働くことが、
本来の資本主義なのです。

日本にも
近江商人「三方よし」
という精神がありますね。

 

くろがね産業の大義名分

我々は今一度、
「何のための経済か」ということを
考える時期に来ているのかも
しれません。

もちろん私も
まだまだ私利私欲に塗れているので
偉そうなことは言えません。

当然当社も
経済的な影響を受けていますし、
会社経営者である以上、
利益を出して
社員とその家族を
幸せにする義務があります。

でも一人一人が
「何のため」という大義名分を
考える機会が増えれば、
世の中はもっともっと
素敵なものになると思うのです。

新型コロナウイルスの
拡大している今だからこそ、

利己心を少し抑えて
利他心でもって考え、
行動していくことが、
そういったキッカケに
なるかもしれない

と思っています。

 

色々と無責任なことを
書いたかもしれません。

気分を害された方がおられましたら
お詫び申し上げます。

それでも、
廃棄物の適正処理やリサイクルという
静脈産業に携わる私たちが
忘れてはいけない
大義名分というものがあると思い
書きました。

メイドインジャパンの意義は本当にあるのか?

商品や製品を購入する際、
とても大切な指標のひとつとして、
原産国表示があります。

口にする飲食物では
〇〇産のマグロ
〇〇牛
等のように、
勿論味の違いはあるとは言え、

どこで獲れたか。
どこで育ったか。

ということ自体に
印象的な付加価値が生じるほどです。

製造物であれば、

どこで造ったか。

という情報に「信頼」を感じるほど。

原産国表示の基準

商品や製品の購入の際に、
これだけ重要な情報となる
「原産国」ですが、
意外と曖昧な基準
表記されていることもしばしば。

ということで、今回は

「メイドインジャパンに胸を張れるか」

というテーマで
お送りしたいと思います。

 

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くろがね産業とSDGs

ここ最近、SDGsについて
目に触れる、耳にすることが
多くなってきました。

ビジネスシーンでも
スーツにSDGsのピンバッジを
している人も多くなりましたね。

このロゴとアイコンを
ご覧になった方も
多いのではないでしょうか。

SDGsとは?

 

SDGsとは、

Sustainable Development Goals
の略であり、
日本語だと「持続可能な開発目標」

になります。

2015年9月の国連サミットで採択された
「持続可能な開発のための2030アジェンダ」
にて記載された
2016年から2030年までの国際目標であり、

持続可能な世界を実現するための
17のゴール・169のターゲットから構成され,
地球上の誰一人として取り残さない
(leave no one behind)ことを誓っています。

この活動が大きく広がるきっかけになったものが、
ウミガメの鼻にストローがささった動画です。

(ちょっと痛々しいので閲覧にはご注意ください)

海洋プラスチックの問題は深刻ですが、
このような衝撃的な映像を目にすると

「なんとかしなきゃいけない!」
「持続可能な社会にしなければ大変なことになる!」

と思います。

くろがね産業とSDGs

くろがね産業も
環境に関わる仕事をしているわけですから
もちろんSDGsには注目していました

しかし、
主に気候変動に関するもので
今までも似たような活動
たくさんあったのです。

・チームマイナス6%

・カーボンフットプリント(CFP)

・チャレンジ25

・Fun to Share

これらすべてに、
くろがね産業は賛同して取り組んできました。

CFPについては、
再生ゴムチップ製造に関する製品種別基準である
PCR(Product Category Rule)までつくって
公表しました。
(結構費用もかかりました。)

でも、いつのまにか
これらの活動は下火になっていったのです。

SDGsと企業の存在意義

さあ、
このSDGsについては
どうなのでしょうか。

私が思うに、
SDGsというのは
各企業がいままで頑張ってやってきていること
そのものなんですね。

環境面がクローズアップされがちですが、
SDGsは17の大きな目標があり、
そこには貧困撲滅、福祉の充実、
ジェンダー平等、教育、働きがい・・・

私たちが充実した人生を送っていくために
必要なことが述べられている。

むしろこれに取り組んでいない企業なんて
いないんじゃないかと思うのです。

程度や意識の差こそあれ、
やってきているはずなんです。

だって、
企業の存在意義は

「世の中に必要とされている」こと

ですからね。

 

くろがね産業は、
経営理念を

「全従業員の物心両面の幸福を追求するとともに、
環境技術によって持続可能な社会の発展に貢献する」

と定めています。

これが当社の存在意義です。

この経営理念を広義に解釈すれば、
SDGsのゴールはほとんど含まれます。

今まで経営理念の実現を目指して、
業務である廃棄物の無害化・再資源化はもちろん、
「人として正しい判断をする」という社員教育や、
「何のために働くのか」という働きがいの追求にも
取り組んでいます。

だからこそ、

理念が共通するSDGsに、
くろがね産業は取り組まなければならない

と感じています。

SDGsと若い力

半年前から、
社内の若手社員が中心となって
推進していく体制をとっています。

いろんな所に出向いて
セミナーやシンポジウムを聞いて
勉強してきました。

そうしているうちに、
流行っているから、カッコいいから、
バッジが欲しいから・・・というものではなく、
会社を未来永劫発展させ、
そこに集う全従業員を幸せにし続けるためにも、
SDGsに沿った企業経営の舵取りをしていかなければならない
と確信しました。

17の目標のうち、
ウチは何番と何番に取り組んで・・・

ということではないと思っています。

17のゴールはすべて関連性があるものです。
自社に関係ないものはやらなくていいのではなく、
自社の事業をSDGsに沿って
川上川下に広げていくことがとても大切なことですね。

 

SDGsは
これからどんどん重要視されてくると感じています。

だけど、無理矢理こじつけて

「ウチはやってますよ!」

というのはなんだか違う気がします。

当社の経営の本質を改めて考え、
川上川下へと事業範囲を広げていく過程で、
これらが有機的に繋がりあって
相乗効果を発揮できる指針となるのがSDGsだ

と捉えています。

17のゴールも
それぞれ関連性があるものなんですから。

 

長くなりましたが、
私たちは今後SDGsを指針にして
事業を展開していきます。

そして、それらを若い力で
推進していきたいとも考えています。

ご興味のある若い方は、
ぜひ一緒に取り組んでいきましょう!

真の大家族主義経営とは

前回の記事では、
くろがね産業の採用活動
について少し触れました。

今年度も、
採用難と言われるなか、
ありがたいことに
くろがね産業の採用選考には
多くの学生さんが
参加してくれています。

くろがね産業を志望する
学生さんの言葉

なぜ、
くろがね産業の採用選考を
受けたいと思ってくれるのか。

面接では
ほぼ全ての学生さんが

 

社長と社員の距離が近く、
アットホームな雰囲気を感じた

社長が
若手社員に
イジられているのを見て、
本当に仲が良いと思った

と言ってくれます。

そう。

私は社員にイジられながら
説明会を行っています。

質疑応答の場面では、
まずはアイスブレイクとして
こちらが用意した
質問カードを引いて、

それを質問してもらうように
しているのですが、

その中に

社長のダメなところを教えて

というとんでもない質問があります。

「話が長い」

「話の内容が難しい」

などなど・・・
面白おかしくイジってくれます。

このブログもつい長文になるので、
気をつけなければなりませんね。

 

そのようなやりとりを見て、

年齢や社歴に関係なく
皆で協力しながら
力を発揮できそうだ

と感じてくれるのだと思います。

社員にイジられる関係の
根底にあるもの

でも、
それには前の記事で書いたように

「自ら進んで発揮する」

という
勇気と覚悟が必要なのです。

 

そして、

「社長との距離が近い」
「社員同士の距離が近い」

というのも、
微妙なバランスのうえに
成り立っているものです。

これがなかなか難しい。

大家族主義を支える
絶妙なバランス

距離が近いということは、

何でも相談でき、
お互いに支え合っていくことができる

反面、

馴れ合いになる可能性もあります。

中途半端に距離を縮めると、
嫌われたくないから
厳しいことが言えなくなる
かもしれません。

すべてにおいて、
『小善』を行う危険があるのです。

小善は大悪に似たり
大善は非情に似たり

これは私の好きな言葉ですが、

大善を成す勇気を持っていなければ

真の大家族主義での経営は
成り立ちません。

 

しかし、
まず距離を縮めないことには
信頼関係が構築できません。

信頼関係で結ばれている
と思えるからこそ、
相手にズバッと言える
ということもあります。

中途半端に仲良くするのではなく、
そこから更に一歩
踏み出していくことが大切です。

一歩を踏み出すには勇気がいります。

これ以上余計なことを言えば、
今までつくってきた良い関係が
保てなくなるかも

という恐怖との戦いです。

でも、その恐怖の山を越えなければ
真の信頼関係にはたどり着けず、
大家族主義での経営になりません。

人と向き合い続けるしんどさ、
というのは
この恐怖との戦いの連続なのです。

フィロソフィが
何故必要なのか

だからこそ、
「こうあるべき」
という考え方、指針、行動規範が
明確になっている必要があります。

「その人自身」について

ではなく、

「その人がやっているコト」について

であれば、

大善の観点
厳しいことも言えるようになります。

やっていることが良いか悪いか

我々の目指す理想に近づくことなのか

という単純な判断基準ができます。

くろがね産業が
『くろがねフィロソフィ』
をつくったのは、
このような理由もあるのです。

フィロソフィにこう書いてある。

今やっていることは
それに沿っているものかどうか

という論点で話ができるのです。

 

くろがねフィロソフィについての
詳しい話は、
また機会があれば書きますね。

 

お客様の視点で考える

くろがね産業の物流課に所属するKくんは、
どこにいってもお客様からの評価が高いです。

営業担当者がお客様に訪問した際に、
そういうお褒めをいただいたという報告を受けますし、
私も直接お取引先さまより聞いたりしています。

彼は大型トラックのドライバーですが、
もともとは某カーディーラーの整備士だったのでサービス業出身です。

お客様から評価をしていただけるのは、彼が常に「お客様の視点」を考えているからです。

お客様第一主義とは

くろがね産業では「お客様第一主義」を掲げています。
それは、我々の行動指針である「くろがねフィロソフィ」の中に
「お客様第一主義を貫く」という項目があることにも表われています。

たとえば、フィロソフィにはこのように書いています。
「効率という名のもとに、私たちの都合をお客様に押しつけて不便を強いてはいないか」

我々は仕事を進める上で効率化を図っていかねばなりません。
特に人不足の今では、効率化は避けて通れません。

しかし、そこにお客様の視点がなければ、
私たちが勝手に決めたルールをお客様に強いるだけです。

基幹システムの変更や指定伝票、請求書必着日の短縮など、
自分たちにとっては都合が良くなるけれども、お客様にとってそれは違うかもしれません。

だから、私たちはよくよく考えて、
「それはお客様にとってメリットがあるか」という視点を持つべきです。

視点を変えるために気をつけること

ではそのために何をどう気をつけるのか。
私は、「主語を自分からお客様に変える」ことだと思います。
「私はこう思う」、「私はこうしたい」から、
「お客様はこう思う(だろう)」、「お客様はこうしたい(だろう)」
と一旦「私」を外して考えることで、独りよがりにならない考え方ができると考えます。

これは人間関係にとっても同じです。
「Aくんはこう思う(だろう)」、「Bさんはこうしたい(だろう)」
と考えることで、相手の気持ちを汲み取り、円滑な人間関係が築けると思うのです。

主語を変えるだけで、利己から利他に切り替えることができます。
「相手の気持ちになって考えよう」といっても何をしていいかわからない場合は、
このように主語を変えればいいと思います。

冒頭で紹介したKくんは、主語を変えて考えることが習慣になっていますから
特に意識していないと思いますが、当たり前にできるレベルになることが大切ですね。

「あたりまえのこと」が「あたりまえにできる」状態こそが差別化です。

皆さまのもとにKくんが伺ったときはよろしくお願いいたします。

2019年あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

くろがね産業も無事に2019年を迎えることができました。
これもひとえに、お取引先の皆さまをはじめ、社員およびそのご家族、地域社会の皆さまに支えられているおかげです。
本当にありがとうございます。

さて、今年2019年の干支は「己亥(つちのと・い)」です。
2018年の「戊戌(つちのえ・いぬ)」が茂ったものを伐採して風通しを良くする=隠れていたものが見えてくる、という年でした。
思い返せば、昨年は仮想通貨の不正流出によるシステム脆弱性、西日本豪雨災害を引き起こした地球温暖化に起因するとおもわれる異常気象、日産前会長ゴーン氏の不正など、様々な問題が露見しました。

そして2019年の「己亥」は「さらに明確な改革が急速・極端に起きる」年だそうです。
2018年の「戌」の年に現われた改革や革命の芽が、翌年の「亥」に一気に爆発する変化の最終局面の年といわれています。
そしてその爆発する大きなエネルギーを「己」、すなわち「紀」によって、紀律を正して発展へと繋げていくことが大切です。

くろがね産業は2017年より3カ年計画を「BASIC3」と称して、今後の100年企業のための基礎を固める3年としています。
1年目は【深化】。
あたりまえのことを徹底することが「差別化」であるとし、挨拶など人として正しいことを徹底して追求する。
2年目は【進化】。
前年のあたりまえのことをさらに進め、くろがね産業としてのアイデンティティを確立する。
3年目は【文化】。
人として正しいことを基準にして立ち居振る舞いができ、大家族主義の経営、全員参加の経営が企業文化として定着する。
というものです。

2年目の今年は進化、EVOLUTIONです。
まさに「己亥」の年にふさわしいですね!

「亥」の秘める大きなエネルギーによる変化が吉と出るか凶と出るかは、今まで何を積み重ねてきたかということに大きく起因します。
今まで積み重ねた紀律によって、大きなエネルギーを制御して良い方へ向けなければなりません。
昨年11月には我が社の「人として何が正しいか」という行動指針50項目をまとめた「くろがねフィロソフィ」も完成(また本ブログで紹介します)し、くろがね産業は愚直に地味なことをコツコツ積み上げてきました。
くろがね産業に集う仲間たちがこの「くろがねフィロソフィ」を愚直に実践していく。そういった積み重ねが成果となって大きく花開く良い年にしたいと思います。

本年もお取引先様の視点で考え、社員の幸せを追求し、地域社会に貢献し続けるという基本を大切にしながら、関わるすべての人を幸せにし続ける会社づくりを進めていきます。
どうぞ引き続き応援をお願い申し上げます。

くろがねフィロソフィ勉強会

みなさんは、どんな上司、同僚、部下と仕事がしたいですか?

 

 

このたび、約2年前から準備していた
自社の考え方をまとめた「くろがねフィロソフィ」の編纂が終わりました!

あとは製本して手帳にするだけです。

「くろがねフィロソフィ」は、フィロソフィ策定委員会をつくって、全従業員から集めた
【人としてどうあるべきか】という考え方を50項目にまとめたものですが、
つくっただけでは浸透していかないので、今後はこの手帳のもとに全員で勉強していきます。

 

ということで、先日は記念すべき「くろがねフィロソフィ勉強会」の第1回を開催しました。

その冒頭に、最初の質問をしました。

明るい人、人情味がある人、話しやすい人、即行動する人、
ウソ・言い訳をしない人、思ったことをしっかり言える人、
ホウレンソウを欠かさない人・・・

みんな思い思いの「理想のパートナー」を述べてくれました。

 

そして、次にこのような質問をしました。

 

 

あなた自身を客観的に見て、一緒に仕事をしたい人のような立ち居振る舞いをしていますか?

 

私たちは、相手に多くを求める割に、自分はちゃんとできていないことが多くあります。

相手は自分を映し出す鏡です。
相手に求めるものは、自分も身に付けるようにしなければなりません。
逆説的に言えば、「理想のパートナー」とは、今のパートナーに無いものを投影していて、
「今のパートナーの姿=自分」なのかもしれません。
相手に求めるものは、自分ができていないことかもしれません。

言い訳をしない人を求めながら、
自分で言い訳を積み重ねていることはないでしょうか。

「ホウレンソウしろよ!」と思っておきながら、
自分は上司だからといって部下に対してホウレンソウを疎かにしていないでしょうか。

分かり合える関係を求めながら、自分では言いたいことを言わずに、
事なかれ主義に終始していないでしょうか。

 

まずは自分自身の至らなさを謙虚に受け止め、そこから努力するという姿勢から、
このフィロソフィの勉強は始まります。

プライドや見栄などの分厚い皮を一枚一枚剥がしていくと、
実は自分はとても小さく情けないものだった、と認めることから始まります。

 

立派な人格は、ビジネスだけではなく、家庭や友人関係でも必要なものです。
人格を高めていけば、自然と周囲に人が集まり、協力してくれます。

人は一人では大きな事は成し遂げられません。
周囲の助けがあってはじめて大志を貫き、幸せを掴めるのだと思います。
一緒に仕事がしたいと思ってくれる人が多くいるほど、
そのスピードは増し、大きさは増えていきます。

 

私たちくろがね産業がフィロソフィをつくり、学んでいく理由は、
共に仕事がしたいと思えるような立派な人格を形成し、
かけがえのない仲間、家族のような関係を築き、
仕事だけでなく人生をより豊かなものにしていくためです。

ギブアンドテイクは「ギブ」から始まります。まずは自分から。

そのために、フィロソフィを学んで実践し、血肉化していく必要があるのです。

私たちはこれから、この「くろがねフィロソフィ」とともに、
全従業員の物心両面の幸福を追求していきます。

 

また製本が完成したらお知らせしたいと思います。

全員参加で経営する

前回、「経営計画のつくりかた」という記事で、くろがね産業の経営計画策定の一部を書きました。

そこでつくった数値計画は、そのままではただの数字です。大切なのは社員一人一人の行動に落とし込んでいくことですので、全社員で合宿を行い磨き上げていきます。

今回は7月に実施した行動計画策定合宿の様子を書きます。

 

行動目標、行動計画をつくっても、それが数値化されたものでなければ進捗が測れません。

「行動目標が計画数値に繋がるか」、「どうやって数値化するか」、「KPIをどう設定するか」

といったことを何度もシミュレーションして計画立案していきます。

与えられた目標は、どうしても言い訳が出てしまいます。

自分で立てた目標は、有言実行でやらねばなりません。

和気藹々とした雰囲気でありながら、同時に自分を奮い立たせて高い目標を掲げていきます。

そして、合宿形式でやる理由のひとつは、皆でひとつ同じ屋根の下で過ごすことで、胸襟を開いて語り合い、家族という関係に近づいていくためでもあります。だから必ずコンパがあります。アルコールを入れて、心を開いて語り合います。

コンパの後も自主的に計画策定に励むメンバーもいます。素晴らしいですね!

このときは、研修会場にお酒もおつまみも持込OKです。アルコールが入ることで柔軟なアイデアも出てきます(笑)

部屋で飲みながら語り合い、相互理解を深めるメンバーなど様々です。

 

2日目には、皆の前で計画の発表を行います。

各部門の戦略を踏まえて、計画数値を達成するためにメンバーがどういった役割で何をするのかということ。

また、その数値を現場に下ろすために、各現場でどのようなKPIを設定したのか。

そのようなことを発表し、質疑応答を受けます。

 

もちろん、合宿が終わったあとも達成した姿がカラーで見えてくるよう、何度も修正しながらより確実な計画に仕上げていきます。

しかし、この合宿で大切なのは、皆で真剣に考えながら、ああでもない、こうでもない、と議論してつくりあげることなのです。

ごく一部の経営幹部が計画をつくるのではなく、誰かから与えられた目標ではなく、自分で考え、有言実行で皆に周知すること。

そういった「全員参加で経営する」ことを大切にしています。

 

ここでまとめた計画は、9月の経営方針発表会という本番までに何度も修正しながら練り上げていくのです。

渦の中心になる

前の記事では、四半期業績報告会のことを書きました。その翌日は、業務終了後に会社の敷地内でBBQを行いました。

なるべく会議のあとは懇親が深められるようなイベントを行うようにしています。

四半期業績報告会が、くろがね産業の「全員参加の経営」を表すものだとすれば、こちらは「大家族主義の経営」になります。

私たちはこのようなイベントを「コンパ」と呼んでいます。会社での普段の業務中や会議室では、なかなかゆっくりと話をする機会がありません。このようなリラックスした温和な雰囲気の中で、お互いに仕事の話やプライベートな話をすることで、お互いをより深く理解することができます。そしてそれは、普段の仕事の中で助け合いの精神や仲間のために頑張るという利他心につながります。また、普段からそのような信頼関係が築けていれば、愛情のある厳しさを発揮できるようになります。

だから、くろがね産業ではコンパを会社経営の根幹として大切にしています。

そして今回のBBQは、4月から新たに仲間に加わった新入社員2名で準備してくれました。何度かやっているBBQですが、彼らにとっては初めての経験です。2人だけで全てできるわけはありませんから、グリルの準備、食材の買い出し、当日の役割分担などなど、お願いしていかねばなりません。

これは、仕事を進めていく上でとても大切なことなのです。年上だろうと上司だろうと、目的を達成するためには動いてもらわなければなりません。動いてほしいと思っているだけでは何も変わりません。それどころか、動かないことに不平不満を溜め込むことになります。

だから、「渦の中心になる」ことが仕事では大切なのです。

命令でもって人を動かすのではなく、問題を提起することです。「こうしたいけど、どうしたらいいか皆で考えましょう」という声を挙げることで、自然とそこに人が集まり渦ができるという状態が理想です。

会社のあちこちで大小様々な渦が出来ているような会社が、元気のいい会社ですね。そしてその中心には社歴や年齢や役職に関係なく、「何とかしよう」と思った人がいること。そんな集団をつくりたいと考えています。

(みんなよく食べます。)

(野菜がない!肉しか焼きません。)

(火には十分注意して行いました)

 

 

 

お客様の第二環境管理部門、くろがね産業のホームページも是非ご覧下さい。

リサイクルとゴムのくろがね産業

くろがねフィロソフィ

くろがねフィロソフィの編纂が完了しました。

経営するにあたり、また日々の仕事をするにあたり、確固たる判断基準というものが必要です。そしてそれは、社長を含めたくろがね産業の全従業員の指針にならなければなりません。

そういう思いから、くろがね産業では日々の朝礼で「京セラフィロソフィ」を教科書として読み合わせをしてきました。

しかし、フィロソフィの共有を進めていくなかで、やはり「わが社独自のフィロソフィが必要だ」という思いが大きくなり、2017年9月より自社フィロソフィの策定に着手しました。

まずは従業員それぞれ最低2つ、自分が人生をおくる上で大切だと思うことを文章にして提出してもらいました。中には一人で9項目も提出してくれる人もいました。

フィロソフィ策定プロジェクトを発足させ、毎月のプロジェクト会議で内容を精査し、

「どうすれば伝わるか」

くろがね産業らしさをどう言い表すか」

「人生をおくるうえで指針となり得るか」

という視点で議論してきました。

そして、ついに50項目にまとめることができました。

このフィロソフィは、くろがね産業の従業員が悩んだとき、判断に迷ったときの指針となるものです。仕事を通じて人生を素晴らしいものにしていくため、どう考えるべきかが詰まっています。

目の前に2つに分かれた道があるとする。ひとつは覇道、もうひとつは王道。どちらを選ぶのかということは、皆が同じでなければならないのです。

個性を発揮することは大切です。しかし、根本的な考え方が揃っていなければ集団として力を発揮することができません。

願わくば、今回編纂したフィロソフィに沿って人として正しい道を選択することで、皆の人生が幸せに満ちたものになってほしいと思います。

あとはこれを手帳に装丁するだけです。

皆でつくりあげたこのフィロソフィが、今後のくろがね産業の発展と、従業員さんたちの幸せに大きく寄与してくれることを願います。